新しいことへの挑戦という言葉には、希望がある。いや、希望しかない。
でも、私のようなヘタレにとっては、ちょっとした恐怖でもある。
私は努力が嫌いだ。はっきり言える。昔、面接に来た人がこう言った。
「私は努力することが好きです」
その瞬間、私はこの人を心から尊敬した。その後、どんどんこの人が好きになった。努力を“好き”と言えるなんて、私には一生無理だ。私は努力家ではない。好きなことを追いかけるだけの放蕩者だ。
証拠はいくらでもある。例えば「墨絵を描きたい」と思って、大阪の日本画材屋さんで道具一式を買ったのに、20年以上経ってもまだ始めていない。三日坊主どころか、ゼロ日坊主だ。
そういえば英会話教材も続かなかったなぁ。
メタボ対策を決意したときも、犬の散歩で歩幅を広げる、帰宅後に全力ラジオ体操をする、ニンテンドースイッチのFitBoxingで有酸素運動をする…と計画だけは立派だった。やり始めると人に「ダイエットを始めたんです」なんて得意げに言ったくせに、いつの間にか放り投げて、残念な結果だけ残して時間だけが経過した。
でも、そんな私にも続いたことがある。40歳で始めたピアノは、もう20年近く続いている。
なぜか?
楽しいからだ。努力じゃない。好きだからだ。最大の理由は「音による癒し」。
最初は「ピアニストになりたい」なんて大それた目標はなかった。ただ「弾けるようになりたい」という小さな希望だけ。なんか、ピアノ弾けるとカッコ良いし。
お金もないのにピアノを買い、誰にも習わず毎日コツコツ弾いた。当然ピアニストのような技術が身に付いたわけではないが、今も新しい曲を練習するたびに何ヵ月もかかって、最後まで聞けないこともあるが、楽しい。そして、音に癒される。
この経験からわかったことは、努力できない私でも、好きなことなら続けられるということだ。だから、努力家の皆さんは本当にすごい。でも、努力できない人も諦める必要はない。好きに結びつければ、どんなことでも挑戦できる。
大切なことは「新しい事への挑戦」だ。結果は勝手についてくるし、ついてこなくても良い。
今年、私は還暦を迎える。「新しい挑戦」として、新しいプログラミング言語を学ぼうと思う。努力は必要だ。でも、知らないことや新しいことを覚えるのは好きだ。だから、きっと続けられる。年男でもあるし、やれる気がする。やれるぜっ!
……ただ、墨絵の道具はまだ押し入れの奥で眠っているけどね。


