愛の夢

バングラデシュの首相が亡命した。

亡命した首相のハシナさん、「絶対的な最高権力者」と紙面ではと書かれていることもあるように、あまり良くない印象がその文字から受け取れる。
反政府運動が抑えきれなくなるほど膨れ上がるからには、それなりのワケがある。。。

そういえば、昨夜見た映画は、「マハラージ
カテゴリーが違えど、似たような話だ。

この話は、宗教上の絶対権力者(マハラージ)が地に堕ちるまで戦ったジャーナリストの話で、事実に基づいて制作されたとされている。

国家、政府、教会、警察、学校、企業、あるいは家族。
組織と呼ばれるところに、必ずこのような話がある。
そして、間違いなく言えることは、そこに愛はない。
大一真央さんに一度聞いてもらわねばならない。

頂点に立つものは、立った時からが本当の価値を生み出すはずなのに、逆へ逆へと進んでいく。
頭が良いのか悪いのかわからないが、人というものは、そうなる傾向がある。

私はこれまで生きてきた中で、何か組織の頂点に立っている人の中に、私が勝手に引いた目線より上にいる御仁は、ほんの一握り。あとは良いことより悪いことのほうがかなり大きく上回っている方ばかりで、「普通の人」だ。

自分の行いが「良くない、やっちゃいけない、悪いこと、魅力が無くなる」など、それに気付いていない場合と、気付いているが「大義の犠牲」と正当化する場合がある。
実は気付いてないというのは、あまりない。これに気付かないほどの人は、何かの頂点には立っていない。
ということは、ほとんどが確信犯という事になる。

どんなに実直でも、どんなに崇高でも、どんなに賢くても、権力の頂上に居れば、それを乱用する。
どこかの会社の社長が、ホントか嘘か、こんなことをいつも言っていた。

「船長は、全ての権限がある。しかしその船長が狂ったとき、副船長だけが船長を解任する権限がある」

正確な言葉尻は覚えてないが、Topが誤った判断をした場合に、それを止める仕組みが船にはあるということらしい。会社にもそれが必要で、複数の取締役を置いて、それに努めているようなことを言われていた…

が、実際には効力は無いのである。
オーナーでも株主でもない人に、何の権限があるというのだw
そして、会社は結構ムチャクチャになってしまった。

客観的に見ると、やはりそこに愛はあるのか?という感じがしてならない。
宗教と関係なくとも、精神論のそれは真理に近い気がする。

何かの組織の頂に立っている御仁、
「そこに愛はあるんか?あーるーんーかー?」(^^;)