伝わらない善意

30代のころ、諸事情のためとても貧乏していた。
とにかく金がない。月末になるとその日食べる米もない。。。

今とは違い、会社員のダブルワークはタブーだったが、こっそり自営業を始めた。

「パソコン教えます」

地域のコミュニティー紙に、2,000円支払って広告を出した。
すると問い合わせがあり、「パソコンを買い替えたいが、相談に乗ってほしい」
電話の主は、60代ぐらいのご婦人。
家が近くだったので、自転車に乗って訪問させていただいた。

市営か県営の団地の1階に住んでおられて、ご婦人は車椅子の一人暮らしだった。
家族はいないが、姪が市内に住んでいると言われた。

自作の名刺をお渡しすると、狭い台所のダイニングテーブルに案内された。
椅子をすすめられたので座って話を聞くと、古いノートパソコンを持ってこられて、
「足が悪いので、趣味のためにパソコンを活用したいのです。」
「ずいぶん前に買ったが、これまではあまり使用せず、長く放置していました。」
「いざ使おうとしたら動作がとても遅く、壊れているんじゃないのかと思うほどです。」
「新しいパソコンは動作も早いようだし、買い替えたいのですが意見を聞かせてほしい。」

と言う。
この頃は、ハードもソフトも技術進歩が目覚ましい時で、Windous系のPCは数年経過するとレジストリが膨れ上がってハードの処理が追い付かなくなり、とても動作が遅くなる。
少し見てみると、電源を入れて立ち上がるまでに、風呂に入って出てこれそうなほど遅い。

私は、買い替えるほうが良いと言う提案をした。
そして、どうやってパソコンを買いに行かれますか?と聞くと、タクシーやバスに乗って梅田のヨドバソカメラへ行くと言われた。

「では、パソコンを購入したら、またご連絡ください。それから色々覚えていきましょう。」
と、一旦は言ったものの、この足の悪いご婦人が車椅子で一人でパソコン売り場まで行って、店員の説明を受けながら適切な判断ができるのか?販売員の言われるままに使いもしない機能盛りだくさんの高価なPCを買わされるのではないか?と、心配がよぎって、「私も一緒に行かせていただきましょうか?」と提案したら、大変恐縮されたが「助かります」と喜んでいただき、日時を決めてその日は家に帰った。

そしてその翌日、携帯が鳴った。

電話口のご婦人から言われた言葉は、
「あの、もう、結構です。もう来ないでください。」

「どうかされたんですか?」

姪御さんに電話したら、怪しすぎるって猛反対されたらしい。
私は家が近所で住所も電話番号も本名も書いた名刺を渡したが、客観的に、そんな親切な人は怪しすぎる。そうだ、ここは大阪だった。
このことを瞬時に頭の中で理解できたために、
「それはとても残念です。何かお力になれることがありましたら、またご連絡ください」

と言って、電話を切った。
涙が出てきた。
今思い出しても涙が出る。

お金が必要だから始めたことだったけど、実際は困った人を目の当たりにすると、金のためではなくなる。しかし、善意は悪意として疑われる。
せめてもの救いは、姪御さんと私が会った後に言われたのなら、私は悪い奴に見える証明という事になるが、そうではない。セーフだ!
人は会って話をすると、誤解は少ないと思われる。
※凄いペテン師は、会って人を惑わす。私はこういう人を知っているので、実際にいる。気を付けて欲しい。

今の私は独立して、最初の問い合わせはメールで頂きますが、遠くても必ずお会いして話をしたいと思います。